1957年T-2からT-7への変更
3月の激震からブログの体力が下がりました。 両親の実家が福島で、いとこたちの家が原発から33キロや38キロと微妙な位置にあり、法事で4月に福島に行って話してみましたが、住んでいる従兄弟たちのつらい立場に言葉もありませんでした。
初期のメルトダウンは当然で2800度で溶けない鉄などないのに、と、いまさらの大本営報道に違和感はありますが、356にさわっているうち、そろそろと思いましたので、すこしずつ気になることを。
1957年春ごろにT-2モデルの356Aタイプが登場します。
有名なモデルチェンジで、テールランプの形が丸型4個から、ディアドロップ「涙型」または「柿の種」の形状の2個に変更されたのが一番わかりやすい変更部でしょう。
T-1が56、57年初期のボディで、T-2が57、58、59年となり、1959年秋の1960年モデルからT-5の356B初期にモデルチェンジ。
ここでよくある間違いとして、T-3やT-4が見当たらないのは、ロードスターやカブリオレなんだと言われますが、そうではありません。 VWのタイプ1やタイプ2という「タイプ」とは違います。
「T」が意味するのはテクニカル・プログラムで、T-3とT-4は「次期モデル開発」の番号であり、採用されなかったプログラムであり、モデルの明細情報は不明です。
テクニカル・プログラムはその後、1962年からのT-6となり、その後のT-7、ポルシェ911プロトタイプまで続きます。
T-7について紹介しておきますと、設計番号695、開発時期1959年-1962年。 大きなリアガラスが特徴の2ドア、4人乗りファストバック・クーペ。
356Aのミッションが644番、356Bの初期ミッションが716番から考えると、かなり早い時期から開発にかかっていることがわかります。
T-7のホイールベースは、設計番号530、開発時期1951-52年の「356、4人乗り」からの流用で通常の356から10センチ延長し、テストドライブもされていた経験から採用されたと思われます。
設計番号530は「356の4人乗り」で、当時は販売戦略からキャンセルされましたが、1959年になると、発売後10年も経過した「オールドレディ」な356(フェリーの言葉)は時代遅れの危険が感じられるようになりました。
設計番号695はフェリーの息子、ブッチ・ポルシェが担当となり、主任技術者のコメンダと衝突をさけるため、本社の近くで開発作業にあたります。 フロントのデザインはすでに911として完成しています。
4人乗りの新型ボディは、当時の子沢山家庭を見れば、当然の選択肢でしたが、現実に作ってみると1600ccの356エンジンでは力不足となり、カレラ2リッターを積んでテストをしますが、販売価格がカレラエンジンでは高額になりすぎる。
そこで強力なエンジンとして、設計番号745、1961年が2リッター、6気筒エンジンとして開発され、そのほかに、設計番号768、1600cc、クーゲルフィッシャーの燃料噴射エンジンも開発されました。
1962年に新型745番、2リッターエンジンが完成すると、これを搭載して、設計番号754、ノッチバックとなり、911プロトタイプが完成します。 これはポルシェ博物館に実車が展示されています。
911(901)はフェリーの最終判断で、フル4人乗りから、2+2形式である補助後席となり、1963年の新型911の発表となります。
695番ではなく、いきなり745番から911が発生したようなサイトも多くありますが、くわしいことは、Porsche T-7 695 で検索していくと、多数の紹介サイトを参考にしてください。
ポルシェはエンジンはエンジン、ボディはボディという設計思想があり、たとえば356番の設計は「ボディ・シャシ」の番号になり、エンジン系統は別の番号で設計されています。
356Aタイプ、テクニカルプログラムT-1から、644品番の派生番号で部品管理がされるようになり、T-7の設計番号695、745、754とつながっていく番号ですが、これも「901」品番で管理されるようになっています。
それでも、356には695品番が多く残されていて、ブレーキ、サスペンション、ミッション部品などがありますので、ヒマな方は695プロトタイプの残り香を楽しんでください。
ちなみに911初期のシフトノブも695品番です。
部品番号でニヤニヤしていると不審者ですけどね。




















最近のコメント