« コンペンセイターのシステム(難) | トップページ | S-90のエンジン »

2007年11月11日 (日)

356Bは大事な車です

356もBシリーズになるとエンジンの故障は減りました。 
Bシリーズは長く生き残ることになり、しかも生産台数が多かったものですから、40年も走っているのに、ごく当たり前の車のように扱われてしまい、相場も少し低いような気がしますが、正当な扱われ方ではないでしょう。
そういえば、356BのT-5が1957年式!のディーラー車として販売掲載されているのを見ました。
単なる年式の誤植でしょうが(T-5は60年~61年)、356は年式ごとの形がわかりずらいので、これも仕方ないことでしょうか。

Sany0507 (T-5とT-6の変更では前のフードのカットが丸から角ばったフード、ガラスの大型化が特徴です。 角型のフードのおかげでスペアタイヤの出し入れが楽になり、バッテリーの点検も配線の変更で楽になっています)

356を生まれて初めて見た、と思い出せるのは、昭和37年ごろ、学校からの帰りの飯田橋駅の都電停留所で見かける外車たちをボーッと見ている時で、その黒い356が皇居方面から水道橋方向へ走っていくのを、その後も何度も見ました。

第一印象はコオロギ(似ている虫もいますが)で、変な、とっても変な格好な車で、エンジン音も聞いたことない、変な変な音でした。

もちろんビートルは知っていましたし(私にいつも注射するお医者さまの車でしたから)、イメージは似ていても違う車なのもわかりました。 しばらくしてから友人のKくんが名前を知っていて、ポルシェとかいう、それなりの車であることがわかりました。 

で、もちろんイロイロあってから356に乗るようになり、気になっていたので業界通に聞いた情報からすると、そのころ、国内に日本人が乗っている黒の356は2台しかなかったそうです。

余談ですが、その時代の米軍基地にはGIの兵隊さんたちの356が日本にたくさんいたそうで、プリAとかAタイプはごろごろとそこらに走っていて、ミツワのYメカのお話では簡単な整備でも500台以上を診たそうで、たぶん1000台以上の356が日本に上陸して、その後、みんなアメリカに行ってしまったそうです。
正規ディーラー車が輸入自由化になってから70台そこそこしかないのにディーラーが潰れなかったわけは、副業以外にもそこらへんにあるのかも。

私の見た黒い356の運転者は日本人、ナンバーも日本でしたから、そのオーナーさん2人ともに機会があって後にお会いしました。
2人のオーナーともにその近くを通ったそうですが、よく見かけたとなると、当時のフジテレビに出演番組があった、初代・引田テンコウ(男)さんの356B・T-5が私の生まれて初めて知った356ということで調査は終了。
それ以来、356Bは通過点の356ではなく、記憶の原点の356Bになりました。

Sany0501 (フード上の空気取り入れ口も忘れないでください 日本では少しなりとも役に立つときがあります)

|

« コンペンセイターのシステム(難) | トップページ | S-90のエンジン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« コンペンセイターのシステム(難) | トップページ | S-90のエンジン »